小三通ルートで中台国境越え(前編)
2018年9月
中華人民共和国、福建省は厦門にいる。日本語では「アモイ」と呼ばれることが多いが、現地語では「シャーメン、Xiamen」が正式らしい。
「小三通」なるルートをご存じだろうか。
ここ厦門から船を使って台湾領の金門島へ向かい金門島から台湾の国内線の飛行機で台湾本土へ入る、というものである。今回は、そのルートについてのお話。
ところで、私は中国語が一ミリもわからない。今思えば我ながら英語の通じない中華圏でかなりの冒険をしたと思っている。それゆえ、ここでの会話は基本的に身振り手振りになっていることをご承知おきいただきたい。
さて、ここまで私は、香港→深圳→厦門と移動している。
厦門で観光しようとしたところ手持ちの中国元が切れてしまい、銀行で両替をお願いしようとしたものの「中国に住所がないとだめだ」と門前払いをされ続けた。
完全に詰んだ私だが、ネットで国際キャッシングの存在を知り、恐る恐るATMに手持ちのカードを突っ込んだところ無事に中国元が引き出せたのであった。
しかし、中国元を引き出したころにはすっかり夕方になってしまった。厦門観光などしている時間はない。泣く泣く金門行きのフェリー乗り場へ移動することにしたのであった。
厦門駅はかなり大きな駅だが、高速鉄道の発着などは郊外の厦門北駅のほうにシフトしているようだ。
駅前でタクシーを拾おうとするが、先客がいるようだ。彼らに譲ろうか…と思ったときだった。
「乗れ!」と手を振りタクシー運転手氏は私を助手席に乗せる。
相乗りである。かなりびっくりだったのだが、こちらでは普通のことなのだろうか。
運転手氏は私に中国語で話しかけるが、私は何一つ理解ができない。そして運転手氏は一切英語を解しないようだった。行先はスマホで入力した漢字をそのまま見せた。
話が通じないことについて、彼は「困ったなぁ」とでも言ったのだろうか、先客と笑いあっていた。ごめんよ。。。
先客を降ろしたタクシーはスピードを上げた。
お互いに言葉が通じないということで、もう笑うしかなかった。
市街地を抜け、広い道路に出るとタクシーはビュンビュン飛ばす。運転手氏は「イェーイ」と笑い、私も「イェーイ!」と返した。なんの時間なんだ。
グーグルの音声翻訳は人類最大の発明だと思ったのはこの時だった。私は、「私は日本から来ました。私は学生です」と打ち込むと、スマホがペラペラと翻訳し始める。
運転手氏は理解したようで、再び「イェーイ」と笑う。
今思えば、我ながら己の能天気さに呆れるものだが、この時はこうやって「楽しむ」ことしか考えられなかったのかもしれない。
ほれ見ろ、と運転手氏は右のほうを指さした。「あれが金門だ!」と言っているようだ。
海の向こう側に島が浮かんでいる。そう、中華人民共和国の目と鼻の先に台湾領の金門島が見えるのである。
厦門のフェリーターミナル、五通碼頭に到着した。なんとか今日中に金門島に行けそうである。
「和平之星」というすごい名前の船だ。
チケットを購入し、出国審査に進む。中華人民共和国の出国は案外スムーズだった。そういえば、昨日深圳から入国したばかりで1日しか滞在していないし、もっというと24時間も経っていない。怪しげな日本旅券の男だとか思われなかったのが幸いである。
時間になると列が動き始める。
いたって普通のフェリーである。
乗客のなかに日本人はおろか、外国人の姿はないようだ。微妙な関係にある両国間(この表現も大陸側においては若干センシティブではあるが)だが、人々の行き来は普通に行われているようである。
定刻になり船が動き出す。金門島に向け南東方向に向きを変えるフェリーの客室内を夕陽が照らす。
約30分ほどで、台湾は金門島に到着した。初めての台湾訪問だったが、まさか台北ではなく離島、それも中華人民共和国の目と鼻の先から船での入国になるとは。
入国も極めてスムーズだった。台湾のスタンプが押されてようやく台湾に入ったことを実感した。
表示も繁体字になっている。シンガポールから入国したジョホールバルでマレー語の表記を見た感覚を思い出した。
さて、フェリーターミナルで手持ちの中国元を台湾ドルに両替しよう。…と思ったのだけれど、両替店がすべて閉まっているではないか。
「ユー」
お姉さんが、戸惑う私に声をかけた。「両替は全部閉まってるよ。私のドルと交換しない?」と言っている。彼女はこれから中国大陸に向かうようだった。
閉まっている両替屋のカウンターで、私の手持ちの元を数えながら軽快に電卓を叩く。レートがよくわかっていなかった私は、提示された数字を見て少し怪訝な顔をしてしまったようだ。彼女は「普通よりもいいレートだよ」と笑った。
彼女がいい人なのか詐欺師なのかはすぐに判断できなかった。だが、現金の手持ちがゼロなのは痛い。若干の損失があったとしても、今はありがたく台湾ドルをいただくことにしよう。
交換が終わり、礼を言うと彼女は厦門行きフェリーの人混みのなかへと消えていった。
あとで調べると、通常のレートよりはるかに「お得」であったことが判明した。海外では他人を信用しすぎるのも危険だが、一方で警戒しすぎるのも危険なのである。
水頭という地区に到着した船だが、ここから宿までは距離があるようだ。完全にリサーチ不足なのだが、公共交通機関があるのか調べるよりも歩いたほうが早いと思った。
地図で見たら宿まで4㎞もないような感じだった。…が、歩けど歩けどたどり着かない。考えてみれば、島なんて起伏が激しいうえにカーブが多いんだから目分量の直線距離があてにならないのは当然なのであるが。
辺りはすっかり真っ暗になってしまった。とっくにヘトヘトなんだけれど、しかし、こんな建物を発見して、少し得した気分にはなった。
さて、ようやく予約した宿と思われる場所にたどり着いた。
…はずだった。
が、宿らしきものは一切ない。
寺院の境内らしき敷地に足を踏み入れる。
「ワン!!!」
暗闇から、いかにも噛み噛みするのが得意そうな番犬ワンちゃんが現れた。恐ろしいことに、どこにも繋がれていないのである。
確か背を向けて走ったりしたら追ってくるんだよな、とどこかで聞いた知識を思いだしその場で後ずさりする。ワンちゃんは「ウー」と唸りながらゆっくりとついてくる。
手を挙げながら「OK~、STOP」などと、語り掛ける私。
なんと惨めな姿だろう。しかし今はそんなことを気にしている場合ではない。
ゆっくり歩きながら「犬 追われた 対処法」などと検索。特に何か得られた情報はないが、ワンちゃんは離れていったようだ。
だが、最も重要な問題が解決されていない。宿がどこにあるか、である。
宿の住所を訪ねると、現地の家族が楽しそうにテーブルを囲み夕食の時間を過ごしているのが見えた。お腹もすいたし、なんならそこに混ぜてくれよとすら思った。
真っ暗な住宅街で右往左往していると、犬の散歩をしている地元のお姉さんに声をかけられた。
一筋の光が見えた。
後編に続く…。