或る旅2

おでかけ記録です。ライブドアからはてなに移転しました

伊豆急100系貸切電車で下田へ

2017年4月上旬

高校時代入っていた”鉄道研究部”という部活の、伊豆急100系クモハ103号車の貸切会に参加してきた。
現役生だけでは費用など賄えないようで、OBにも連絡が回ってきた。
伊豆急100系は、すでに引退しており通常の列車としては運行されない。
滅多に乗れるものではないし、同期や後輩たちに会う機会も多くはないので参加することにした。
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私以外は東京方面からの参加なので熱海駅で合流。リゾート21普通列車に乗る。
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今回のスタート地点、伊豆高原に到着。
現役高校生やOBの同期、先輩方、顧問の先生も集合していた。

まずはじめに車庫、車両工場の見学をさせてくださるそうだ。
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内部は撮影を許可されていたが、掲載について許可は得ていなかったので写真の掲載は控える。

この検修工場の中には、車両の塗装スペースや全般検査(車検)のスペースなどがある。
今回もちょうど、全般検査中の車両があった。電車の場合60万キロに1回このような整備が必要なのだという。

隣の建物には整備用ピット(線路の下の溝)がある。なんと今回は、そのピットを通らせてくださった。
電車を下から見上げる機会など普通はない。8000系の複雑な機器類を下からじっくり見させてもらった。
ただ、20mが3両分、60mをひたすら腰をかがめて歩くので出てきたときにはいろいろな部分が痛くなっていた。だが、電車の整備をお仕事としている方々はこの状態で何時間も作業をされているのだ。こうやって安全が守られているのだと思うと、頭が上がらない。

さて、工場を出るといよいよ本題のクモハ103号車のもとへ向かう。
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こちらが伊東側
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伊豆急下田

この伊豆急100系は1961年の伊豆急行線開業と同時にデビュー。
伊豆の海を表現したその爽やかなカラーリングや、私鉄では異例となる食堂車の連結など、当時としては斬新なアイデアを盛り込んだ車両であった。
海沿いを走ることもあり、腐食などが激しく2002年には現役を引退。
多くが廃車とされたが、今回乗車するクモハ103号車は保存された。

このクモハ103号車も老朽化の激しさゆえ、社内では解体するという話も出ていたが、伊豆急行社長などから「復活させよう」という声が上がった。2011年に改修工事が行われ再び本線上を走ることができるようになったのである。
ちなみに、伊東駅はJRの管轄であり信号設備の関係から100系は進入できない。
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社員の方がいろんなサボをつけてくださった。
高校の校章のサボというサプライズもあった。

そろそろ時間なので、伊豆高原駅に戻り貸し切り列車に乗り込む。
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入線するクモハ103
いよいよ乗り込む。
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…の前に、伊豆クレイルが先に発車していった。
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列車は1両で、伊豆急行線の線路をとことことゆっくり走っていく。
噂に聞くところによると、90km/h(だったか、正確な数字は忘れてしまったが)以上出すと走りながら分解するとかしないとか...。
天気が良くなかったのが少し残念だったが、同行の社員さんによる解説などで飽きることはなかった。
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251系との交換もあった。向こうの乗客もさぞかし驚いたことだろう(鉄道オタクは)。
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途中の蓮台寺駅で長時間停車。
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十数分の停車。
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伊豆急下田に到着。
ここで1時間程度の自由時間ののち、再びこの車両で伊豆高原まで戻る予定だ。

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ちょうど隣のホームに停車中だった185系踊り子号は、常磐線我孫子行きである。
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さて、自由時間はそれぞれグループごとで行動。
この3月に山陰に行った同期メンバーで下田の街をうろつくことにした。

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まずは駅のすぐそばにある寝姿山へ。
ロープウェイに乗って5分ほどで山頂に着いた。
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景色は綺麗なのだが…。
うーむ、晴れていたらもっとよかった...。
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黒船形の遊覧船。
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うーむ、おしいという感じ...。
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寝姿山山頂にある「愛染堂」。縁結びに効果があるそうだ。ぐぬぬ...。
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反対側からは伊豆急下田駅が見える。ちょうど251系が止まっていた。
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幕末期に外国船の来航に備えこの場所に設置された「黒船見張り所」が復元されている。
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さて、ロープウェイで麓に下りることにする。
発車時刻を軽く過ぎていたのだが、雨だったからか他の乗客はおらず、係員さんに「乗る?」と聞かれるような状態だった。
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ロープウェイの中から。
あと一週間ほど後だったら桜も綺麗だっただろうと思われる。

さて、今回同行したN君が「下田に以前来た時、ペリーの像が最高に残念スポットだった」と話しており、そういわれれば行くしかないという流れになった。
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港を歩く...。
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「ペリー来航記念碑」
約15~20分で到着。なるほど、うーむ。
1853年の浦賀への黒船来航から一年後、1854年日米和親条約で開港したうちの一つがこの下田である。ペリーの黒船艦隊が下田開港直後に入港してきた際に上陸したのが、この記念碑の辺りだったのだそう。ペリーは市内の了仙寺で「下田条約」を締結している。
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アメリカンな感じの道路看板…。

そろそろ時間なので駅へと戻る。
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8000系と並ぶ。8000系は東急電鉄から譲渡されてきたものである。
ちなみに伊豆急は東急のグループ企業であり、先日発表された新型観光列車の車両も、東急の長津田の工場(横浜市)で整備されている。
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海岸沿いを走る。
我々は下田へ向かう「お召列車」でさえ(行き違い等のため)停車する河津駅を通過した。

さてそろそろ終点の伊豆高原に到着である。
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クモハ103は、我々を下すとすぐに車庫の線路へと入っていってしまった。

その後すぐにやってきた伊東行きの普通列車で伊東まで戻り、伊東から東京方面のJR伊東線の列車に乗り込む。皆がそのまま乗っているなか、私だけが熱海で静岡方面に乗り換えたのであった…。

さて、今回の伊豆急の貸切列車の計画は、実は私たちの代が現役のときにやろうとしたものであった。その時はスケジュールなどの都合から実現不可能だったのだが、今回このような形で後輩たちが成し遂げてくれたのでよかったと思う。今後もまた同様の貸切企画を進めていってほしい。

また、クモハ103号車も伊豆急行の信号設備の改良状況などによっては、今後もまたこのように本線上の走行ができるとは限らない。さまざまな事情があるし伊豆急行にとっての最善がなされるべきだと思うが、いつまでも元気な姿で走っていればいいなと個人的には思う。

次回伊豆に来るときは天気が良ければいいな…。

<2019年7月9日追記>
2019年7月7日、100系がついに引退した。
解体を免れ奇跡の復活を遂げた100系だが、その「第二の人生」も終わりを告げた。
このときに乗れて本当によかったと思うし、もう二度と乗れないと思うと寂しさがある。
約60年間お疲れさまでした。

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