小三通ルートで中台国境越え(後編)
前回のあらすじ
中華人民共和国・厦門から船で台湾領の離島・金門島に渡ってきた私だが、真っ暗な住宅街で犬に追われ、予約した宿の住所にたどり着いても宿はなく、完全に詰んでいた。
そんななか、地元民のお姉さんに声をかけられ…。
私は、今の状況を必死に説明した。「予約した宿の住所、ここのはずなのだが」と。すると彼女は、電話を取り出し連絡先に電話してくれたのであった。
そのころには2~3人ほどの近所の方々も集まっており、ちょっとした騒動になってしまったようだ。大変申し訳ない。
「車で来てくれるから待ってて、ってさ!」とのことで、数分後、赤い車に乗った宿屋の主人らしきオバちゃんが現れたのであった。
言われるがまま乗せられると、そこから数百メートルほど先の真っ暗な森の中にある大きな屋敷のような建物に連れていかれた。サイトの住所、直してくれよな…。
さて、このオバちゃん、英語が一ミリもわからないようだ。それゆえ、こちらが現地の言語に対応する必要がある。昨日、厦門のタクシー運転手兄貴とコミュニケーションをとったときに使用したグーグルの音声翻訳機能にお世話になった。
広いドミトリーに案内された。先客はいないようだ。今日はここで一人かな…と思ったその時だった。
ガチャ…とドアが開く。
若い男が部屋に入ってきた。旅行者だろうか。
私はドミトリーではほかの客と話さないタイプの人間である。黙って過ごそうか、と思っていたそのときである。
彼が中国語で私に何か話しかけている。なお、私は中国語が一ミリもわからない。「ごめんなさい、中国語できないんだ」と英語で言うと、「あ、どちらから?」と英語で返してくる。
日本から来た、と言うと、プロ野球が面白いよなとか、好きな芸能人は、とか、そういう話になって、盛り上がった。やはり隣国にもなると共通の話題も多い。
彼は台湾出身だが、現在は厦門で働いているのだそうだ。台湾本土に帰省していたのだが、金門からの最終のフェリーに乗り遅れて一泊せざるを得なくなったのだそう。要するに、彼は私と真逆の方向へ進んでいるのである。
「明日は台南に行くんだ」と私が言うと、「そしたらおすすめの場所がある!」とあれこれ教えてくれた。観光ルートみたいなのも検討してくれた。
そういえば夕食はまだだった。宿屋のオバちゃんに「近所に食堂はないか」と聞くも、「ないね。コンビニ連れてくよ」とのことで、彼と共にオバちゃんの赤い車に乗せられ、市街地手前のセブンイレブンに買い出しに出かけた。
台湾のセブンイレブンとはどんなものか、と思ったものだが、日本のそれとはあまり変わらないようだった。
弁当を買い、宿に戻る。そして、彼と夜中じゅう話した。
「もし僕が予定通り船に乗れていたら、僕らは出会えなかったな」と彼が笑う。
旅とはやはり、偶然を楽しむものなのである。
翌朝。
南国然としたのんびりした空気が島全体を流れている。伝統的な建物だろうか。明るい時間だからこそ楽しめる景色である。
午前中のわりと早い時間に、台湾本土行きの飛行機を予約していた。
彼が空港までのタクシーをとってくれたのでスムーズに向かうことができた。何から何まで教えてくれて本当に助かった。
金門空港に到着。まさに地方空港という感じである。
台南行きのプロペラ飛行機。プロペラ機は子供のころにヨーロッパの国内線で乗った記憶はあるが、最近は全く乗っていなかったので少し楽しみだった。
小さい機体はふらふらと離陸し、小さな島を後にすると台湾本土へ向けて高度を上げていった。
やはり南国である。サンゴの海を眼下に眺めながらのフライトだ。
隣に座っていたオジサンが話しかけてきた。
「日本人かい?」
ええ、と言うと、
「昔は仕事で日本もしょっちゅう行ってたし日本語も話せたんだが、今はさっぱりだよ」と笑った。それから、英語ではあったが、彼の日本での思い出とか日本の取引先の話とか、いろいろな話をした。
列車で出会った人と話が盛り上がったことはあるが、飛行機の隣席の客と話すという経験もなかなかない。ローカル便ならではの「ゆるさ」を感じた。
45分ほどのフライトはあっという間だった。台湾本土が見えたと思うと、小さな機体はすぐに台南空港に降り立った。
オジサンと別れ、空港を出るとタクシーで市街地へ向かった。
このあとは、金門島で出会った彼に教えてもらった観光地を巡るとしよう。
中国本土から台湾へと渡る「小三通ルート」は、きっと中国語が出来ればかなりスムーズで”面白い”ルートなんだろうなと思う。
直接飛行機で渡るほうが早くて安いのは事実だが、あえて金門島を挟んでローカル気分を味わえるのもよいと思った。