一日一県北陸巡り ①福井
2017年12月末
年末、一足先にバイト納めをさせていただき実家のある東京に帰省をすることに。
...が、こんなに早く東京に行ったって面白くないので少し”遊ぶ”ことにした。
駅のきっぷ売り場での注文は困難を極めた。
「静岡から東京なんですけどー...米原ぁ、金沢ぁ、長野ぉ...」
駅員さんの困惑ははっきりわかった。
彼は「ちょ、ちょっと待ってください‼」と時刻表を取り出し、索引地図を指でなぞった。
そうして完成したきっぷは確かに「静岡→(区)東京都区内」なのだが、「東海・北陸・金沢・新幹線・長野・信越・篠井線・中央2・中央東」というきっぷとなっていた。中央東に至ってはボールペンでの手書き。大変お手数をおかけしました...。
朝5:01発の岐阜行きに乗車。
例のごとく、静岡→豊橋→大垣→米原の順に乗り継ぐ。
愛知県を抜け、岐阜県内に入るとうっすらと積雪しているのが見られた。
米原に到着。ここで乗り換えまで40分ほど時間がある。
噂には聞いていたが、駅前には東横インと平和堂のスーパーがあった...。
名古屋始発のしらさぎ号が到着。
ここから北陸本線の旅が始まるのである。
琵琶湖の東を北上し、長浜を出ると敦賀に到着。
敦賀を発車した列車は、在来線では日本一の長さを誇る北陸トンネルに突入。
約7分ほどかけて通過。その間、携帯などの通信機器の電波は入らない。
トンネルを出ると雪景色が広がっていた...
米原から約1時間で福井に到着。
えちぜん鉄道に乗り換える。
北陸新幹線として使用される予定の高架に仮設でホームが設置されている。
新幹線規格の高架に地方私鉄が走っている風景というのはなかなか不思議な光景だ。
ふと、開業前に東海道新幹線の高架を阪急電車が走っていた、という話を思い出す。
新福井駅に到着。高規格の高架に小さなホーム。
列車は福井市街を出ると、田園地帯の中を進んでいく。
途中には温泉もあるようだが、残念ながら今回は寄れなさそうだ。
列車はワンマン運転だが、車内にはアテンダントさんが乗務している。
きっぷを回収していたが、持ち帰りたかったのでその旨を伝えた。
1時間程度で三国港駅に到着。
ここで帰省中の坂井市出身・友人K氏が車で待機してくれた。
なんだか荒れてる日本海
東尋坊タワー下の駐車場(500円)に車を停め、さっそく東尋坊へ...。
東尋坊。奥に見えるのは雄島。
案外明るいブルーの日本海。だが、波はすごいことになっている...。
う、うへぇ...
岩場に打ち寄せる波...。K氏と二人で凍えていたのであった…。
東尋坊を後にした我々は福井駅へと戻ることに。
K氏の地元にも程近い地域。
約40分で福井駅前へ。恐竜が出迎えてくれた。
音も出るし、動くし、すごい迫力である。
さて、ここでは静岡からの帰省直後の某p先輩と合流。
「8番らーめん」を食べに行くことに。
8番らーめんは、石川県加賀市を本店とし北陸を中心にチェーン展開するラーメンチェーンである。
本店が国道8号線沿いに位置していたことがその名の由来なのだそう。
この野菜らーめんが一番の売り。たっぷりの野菜とコシのある太麺が特徴である。
餃子や唐揚げのセットもある。p先輩は唐揚げがおススメなのだそう。
p先輩、ごちそうさまでした…。
p先輩とは福井駅で別れ、K氏に再び車を出してもらう…。
福井市を東へ進んでいく。
古い門前町といった雰囲気。
永平寺に到着。
俗世とは切り離されたような、静かな空間である。
永平寺は曹洞宗の大本山である。
永平寺は、1244年に道元により開山された。
道元は、中国での修行の後に京都に興聖寺を建立した。しかし、比叡山による激しい弾圧に遭い、信徒の一人である波多野義重の協力により越前へ向かうことになる。そして、この地に「傘松峰大佛寺」を建立し、永平寺として現在に至っている。
拝観口から入ってみる。
職員の方に伺ったところ、なんと内部の撮影も可能らしい。
ただし、修行僧の撮影は遠慮願いたいとのこと。
斜面の上に建っているため階段が多い。
永平寺境内を歩いていると、修行僧とよくすれ違う。
やはり大本山ということもあり志のある人が集まるのだろう。
「日本」を感じさせる風景だなと思った。
かまくら。こんなに綺麗に作れるのはすごい...。
我々は永平寺を後にし、西へ進んでいく。
福井市街へと戻る。
田原町駅でK氏に降ろしてもらう。
東尋坊から永平寺まで連れて行ってくれてありがたかった。
ここから二区間だけだが福井鉄道に乗ってみる。
かつて名鉄岐阜市内線を走っていた車両だ。
田原町駅を出ると、さっそく路面電車として道路上を走る。
この電車が武生まで行くのか…。
市役所前駅で下車。
お堀のイルミネーションが綺麗だった。
さて、ここで待ち合わせていたy氏と合流。彼は静岡ではアパートの隣室の人なのだが、福井で会うとなんだか不思議な感じがする。
福井名物の「ソースカツ丼」。
福井県内に複数店舗のある「ヨーロッパ軒」で頂く。
ヨーロッパ軒は、一般にソースカツ丼発祥の店とされている(というのは、起源には論争があるそうで...)。
創業者はもともと東京の早稲田に「ヨーロッパ軒」を開いていたが、関東大震災の被害を受けてしまう。その後、彼の地元である福井に同名の店舗を開いたのが現在のヨーロッパ軒のルーツなのだそうだ。
一般的なあの、とんかつを卵でとじた「カツ丼」とは異なり、ソースに浸したとんかつが乗っている。
しかも、小鉢に”お好みで”と追加のたれがついている。
確かに、このソースは無限に食べられそうだ...。
うまい...。
y氏、ごちそうさまでした…。
ヨーロッパ軒を後にした我々は、福井駅前へと戻る。
サイゼリヤで少しばかり時間を潰してから、y氏の見送りを受けて21時台の金沢行きの普通列車に乗車。福井県を後にしたのであった…。
今回すべてを回りきることはできなかったが、東尋坊に永平寺と定番どころは見ることができた。
車が無ければ難しかっただろう。K氏の運転に感謝である。
また、p先輩にy氏と、多くの福井民静大生の皆さんも本当にありがとうございました。
この後訪れる金沢、富山では完全単独行動になる...。
つづく
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年末、一足先にバイト納めをさせていただき実家のある東京に帰省をすることに。
...が、こんなに早く東京に行ったって面白くないので少し”遊ぶ”ことにした。
駅のきっぷ売り場での注文は困難を極めた。
「静岡から東京なんですけどー...米原ぁ、金沢ぁ、長野ぉ...」
駅員さんの困惑ははっきりわかった。
彼は「ちょ、ちょっと待ってください‼」と時刻表を取り出し、索引地図を指でなぞった。
そうして完成したきっぷは確かに「静岡→(区)東京都区内」なのだが、「東海・北陸・金沢・新幹線・長野・信越・篠井線・中央2・中央東」というきっぷとなっていた。中央東に至ってはボールペンでの手書き。大変お手数をおかけしました...。
福井県上陸!
12月28日朝5:01発の岐阜行きに乗車。
例のごとく、静岡→豊橋→大垣→米原の順に乗り継ぐ。
愛知県を抜け、岐阜県内に入るとうっすらと積雪しているのが見られた。
米原に到着。ここで乗り換えまで40分ほど時間がある。
噂には聞いていたが、駅前には東横インと平和堂のスーパーがあった...。
名古屋始発のしらさぎ号が到着。
ここから北陸本線の旅が始まるのである。
琵琶湖の東を北上し、長浜を出ると敦賀に到着。
敦賀を発車した列車は、在来線では日本一の長さを誇る北陸トンネルに突入。
約7分ほどかけて通過。その間、携帯などの通信機器の電波は入らない。
トンネルを出ると雪景色が広がっていた...
米原から約1時間で福井に到着。
えちぜん鉄道で三国港へ
えちぜん鉄道に乗り換える。
北陸新幹線として使用される予定の高架に仮設でホームが設置されている。
新幹線規格の高架に地方私鉄が走っている風景というのはなかなか不思議な光景だ。
ふと、開業前に東海道新幹線の高架を阪急電車が走っていた、という話を思い出す。
新福井駅に到着。高規格の高架に小さなホーム。
列車は福井市街を出ると、田園地帯の中を進んでいく。
途中には温泉もあるようだが、残念ながら今回は寄れなさそうだ。
列車はワンマン運転だが、車内にはアテンダントさんが乗務している。
きっぷを回収していたが、持ち帰りたかったのでその旨を伝えた。
1時間程度で三国港駅に到着。
東尋坊へ
ここで帰省中の坂井市出身・友人K氏が車で待機してくれた。
なんだか荒れてる日本海
東尋坊タワー下の駐車場(500円)に車を停め、さっそく東尋坊へ...。
東尋坊。奥に見えるのは雄島。
案外明るいブルーの日本海。だが、波はすごいことになっている...。
う、うへぇ...
岩場に打ち寄せる波...。K氏と二人で凍えていたのであった…。
東尋坊を後にした我々は福井駅へと戻ることに。
K氏の地元にも程近い地域。
約40分で福井駅前へ。恐竜が出迎えてくれた。
音も出るし、動くし、すごい迫力である。
さて、ここでは静岡からの帰省直後の某p先輩と合流。
「8番らーめん」を食べに行くことに。
8番らーめんは、石川県加賀市を本店とし北陸を中心にチェーン展開するラーメンチェーンである。
本店が国道8号線沿いに位置していたことがその名の由来なのだそう。
この野菜らーめんが一番の売り。たっぷりの野菜とコシのある太麺が特徴である。
餃子や唐揚げのセットもある。p先輩は唐揚げがおススメなのだそう。
p先輩、ごちそうさまでした…。
永平寺へ
p先輩とは福井駅で別れ、K氏に再び車を出してもらう…。
福井市を東へ進んでいく。
古い門前町といった雰囲気。
永平寺に到着。
俗世とは切り離されたような、静かな空間である。
永平寺は曹洞宗の大本山である。
永平寺は、1244年に道元により開山された。
道元は、中国での修行の後に京都に興聖寺を建立した。しかし、比叡山による激しい弾圧に遭い、信徒の一人である波多野義重の協力により越前へ向かうことになる。そして、この地に「傘松峰大佛寺」を建立し、永平寺として現在に至っている。
拝観口から入ってみる。
職員の方に伺ったところ、なんと内部の撮影も可能らしい。
ただし、修行僧の撮影は遠慮願いたいとのこと。
斜面の上に建っているため階段が多い。
永平寺境内を歩いていると、修行僧とよくすれ違う。
やはり大本山ということもあり志のある人が集まるのだろう。
「日本」を感じさせる風景だなと思った。
かまくら。こんなに綺麗に作れるのはすごい...。
我々は永平寺を後にし、西へ進んでいく。
福井市街へと戻る。
田原町駅でK氏に降ろしてもらう。
東尋坊から永平寺まで連れて行ってくれてありがたかった。
ソースカツ丼を食す
ここから二区間だけだが福井鉄道に乗ってみる。
かつて名鉄岐阜市内線を走っていた車両だ。
田原町駅を出ると、さっそく路面電車として道路上を走る。
この電車が武生まで行くのか…。
市役所前駅で下車。
お堀のイルミネーションが綺麗だった。
さて、ここで待ち合わせていたy氏と合流。彼は静岡ではアパートの隣室の人なのだが、福井で会うとなんだか不思議な感じがする。
福井名物の「ソースカツ丼」。
福井県内に複数店舗のある「ヨーロッパ軒」で頂く。
ヨーロッパ軒は、一般にソースカツ丼発祥の店とされている(というのは、起源には論争があるそうで...)。
創業者はもともと東京の早稲田に「ヨーロッパ軒」を開いていたが、関東大震災の被害を受けてしまう。その後、彼の地元である福井に同名の店舗を開いたのが現在のヨーロッパ軒のルーツなのだそうだ。
一般的なあの、とんかつを卵でとじた「カツ丼」とは異なり、ソースに浸したとんかつが乗っている。
しかも、小鉢に”お好みで”と追加のたれがついている。
確かに、このソースは無限に食べられそうだ...。
うまい...。
y氏、ごちそうさまでした…。
ヨーロッパ軒を後にした我々は、福井駅前へと戻る。
サイゼリヤで少しばかり時間を潰してから、y氏の見送りを受けて21時台の金沢行きの普通列車に乗車。福井県を後にしたのであった…。
今回すべてを回りきることはできなかったが、東尋坊に永平寺と定番どころは見ることができた。
車が無ければ難しかっただろう。K氏の運転に感謝である。
また、p先輩にy氏と、多くの福井民静大生の皆さんも本当にありがとうございました。
この後訪れる金沢、富山では完全単独行動になる...。
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